書くということ

久しぶりに連載が更新された。

使い方を知らないポイントカードを持っている? そんなモノは捨てなさい



現実問題として、今は記事を書いている隙がない。この記事も長い間かけて1行1行書いていったものだ。

何故そうまでして書くのか。


よくワカラナイが、結局書くことが好きなのだろう。

上手い下手は別にして、書いていると考えがまとまり、今の自分の立ち位置がハッキリするような気がする。


記事やブログを書く時は、まず、Gmailの下書きとして保存しておく。そうすると、いつどこでも内容を見ることができ、且つ書き足すことも容易である。しかも、デバイスを選ばない。最強のテキストエディタだ。


そんなGmailを使って今も書いている。

下書き数を見ると50ある。50の事柄について未だ吐き出せていないということだ。

それは、自身が50の事柄について理解が深まっていないということでもある。

それでも、時々スレッドを開いては、1行。また1行と書き加えられている。


話を戻すと、書くということは自身にとっては、そのネタについて理解できたということだ。

仮にも記事として公にするのだから、例え自分勝手な解釈と言えど、自身の腑に落ちるところまで考え抜けていなければ公開することはない。

(このサイトのブログに関しては別。考えがまとまっていないことでも書いていくというのがこのブログの趣旨でもあるし、ダ・ヴィンチ手稿の名を借りたコンビニ手稿の意味がそこにある)


忙しいを理由に各所の執筆を断り続けているが、そろそろ忙しいのにも慣れたので、すこしづつでも書いていこうと思っている。ただ、タイムリーなネタは時間との勝負なので避けなければならない。

こんなことを考えているのも、BusinessMedia誠での連載も1年が経過した。

その場しのぎで連載を続けているのではなく、1本大きな柱を作って連載していかなければならないような気がしている。

それは、次のステップアップに必要な考え方だろうと思っている。

これからは、単なるコラム連載ではなく。10本なり20本を大きなテーマで括れるような連載にしていきたい。